雪使いのつぶやき

日々の様々な出来事や思うことを気ままにつぶやいています

敬語の違和感

最近ひっかかる敬語がある。

 

まず「〜させていただく」という表現なんだけど、たまに違和感を感じる。

例えば「司会をさせていただく」や「担当させていただく」とかいう表現だと何か卑屈さというか遠慮し過ぎてる感じがするのではないか。

「司会いたします」とか「担当いたします」というように「〜いたします」とする方が自分がするという主体性がハッキリ出ると思うのだけど、どうなんだろう?

 

また「〜なります」というのも違和感を感じることがある。

「コーヒーになります」とか「注文した品になります」という表現だと「まだなってないのか?」って思うと誰かの本でいってた。それ、なるほどなって思う。

「〜なります」という表現よりも「〜です」といった方が断言した感じになるのではないかなあ??

 

表現というのは簡単そうで難しいね。